1: 空腹の名無し 2019/09/05(木) 09:18:19.53
表現の不自由展・その後、というのは、過去に美術館や作品展に出展しようとして何らかの理由で断られた作品を集めて、それらの作品の
出店が断られた理由と共に作品を展示する、という展覧会でした。一度出展を断られた作品を断られた理由と共に展示することで、表現の
自由や不自由とはどのようなものであり、私たちがどう向き合っていくか、ということを考察できるコンセプトとしては思い切っていて
素晴らしい展覧会でした。

平和の少女像が製作者の言葉通りに単に平和を望んで作られたもの。だと思えないのは当然の感情だとおもいます。作品を見て、見た者が
どう感じるかは自由です。そこにこそアートの真髄があるとおもいます。

慰安婦問題について私は意見があるわけではなく、あくまでも表現の自由が侵害されたことを受けての行動である。
慰安婦問題について私の意見ももちろん一個人としてあるが、それは今回の私の行動とは関係ないので意見を述べることは避ける。
ただ、今の日本と韓国における慰安婦問題に関する状況、また当事者以外の国の状況、といったような現代というパラダイムの中で存在
している「平和の少女像」という作品をあいちトリエンナーレで一人の現代アート好きとして、ただ観たかったという思いである。

表現の不自由展・その後が、国からの圧力、またテロの圧力に屈して展示を辞めてしまったということは今後の日本の現代芸術に多大な
影響を与えることになる。
コントラバーシャルな作品の展示を行うことを日本の美術館はためらうようになるだろう。勇気を持ってコントラバーシャルな作品の展示を
してくれたとしても、またすぐに中止に追い込まれるのではないかという無用な不安に苛まれるであろう。

アートとは人の感情を動かすものであり、 「作品を展示する」「作品を存在させる」という行為でしか示すことのできないものを示すもの
である。
アートの存在意義が分からないひとには私の意見は奇妙にうつるかもしれないが、私の考え及び私の考えに否定的な人も含めた個人の考えを
全て置いておいて、表現の自由は憲法で保障されている。どのような思考のもとのどのような作品であってもそれを表現するのは自由で
ある。と絶対的に決められているのだ。(そして平和の少女像が表現したかったのは反日感情ではない。と作者は明言している)
「日本が、自国の現在または過去の負の側面に言及する表現が安全に行えない社会となっていることをそうやって内外に示すことの意味を
考えてほしい」というトリエンナーレ側の意見にも同意する。
私個人としてはより多くの現代アート作品を今後も日本で観たいし、アーティストが堂々と自由に表現し続けて欲しいと思っている。アー
ト作品や芸術家の考えに何度も心を打たれたことのある現代芸術の1ファンであるからだ。
日本が現代アートの後進国になってしまいかねないという異常事態を前に何も行動しないわけにはいかないと思った。
勇敢な若者が問題意識の元に行動する第一歩目となることが私の目的である。 

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